都内のレコード店にはガブリエルの「Quebra - Cebeca」(ケブラ・カベッサ)とマルセロ・D2がリーダーをやっているプラネット・ヘンプの「Os Caes Ladrem Mass A Caravana Nao Pra」が試聴機なんかに並んで入っていて、ブラジルのラップということで宣伝されているが、TOWER RECORDSの発行する無料宣伝紙 bounce 6月版ににガブリエル・オ・ペンサドールとマルセロ・D2の比較記事が載っていた。私はガブリエルの方がよいと思うが、彼は以下のように評している。
「ハシオナイスの歌詞はいいよね。黒人と低所得者層にメッセージを送って成功している。興味深いと思う。プラネット・ヘンプについては、あんまりちゃんと歌詞を聴いたことがない。ラディカリズム、過激なことが人々の考えや心を開く一番よい方法だとは思わない。たまに、彼らが過激じゃないほうがもっと効果があるのにと思うことがあるよ」
これに対し、マルセロ・D2は「ガブリエル・オ・ペンサドールはもっとポップだと思う。ストリートのヒップホップとは違う」と言っているが、聴きやすい音楽に仕上がっているという意味だろう。ガブリエルの方は明らかにプラネット・ヘンプについては否定的で、歌詞についても、聴く程のものでないと回答しているに等しい。この辺りについて、ラティーナ7月号に以下のようなことも言っている。
ポーズをつくって、ちょっと乱暴な歌詞を書けば、聞いてる側を惑わすのは簡単だ。今の若者には理想とか、あんまりないんだ。(中略)集団としての理想ってのがない。個人至上主義的なんだ。だから、音楽の歌詞も陳腐化している。みんなビジュアルを追っているだけさ。反抗的なビジュアルがあればいいんだよ(25頁)
ガブリエルは母が著名なジャーナリストで父が政府高官という環境で生まれたので、他のラッパーよりは言葉は上手であろう。しかし、彼の音楽がよいのは歌詞の為だけではない。むしろ言葉や国家が違う日本で聞くとき、彼の言葉でさえリアルではない。しかし、いみじくもマルセロ・D2が言ったように、彼の音楽には"ポップ"な要素が十分に含まれており、現代のポップミュージックとして聞くことができる。ポピュラー音楽というものが分かっているのだ。ラティーナから数箇所引用しよう。
ツアー・ビデオには、町で出会ったポルトガル人のおばさんが、「TVで見たけど、あんたの歌は面白いねー。あんなのは初めてだよ、なんていうのかい、ああいうのは」と話しかけてきて、ガブリエルが「ラップだよ」と答えているシーンがある。同じようにブラジル本国でも、ラップなんかまったく関係なさそうなおじさん世代から「君のアルバム聞いたけど、ありゃ面白いね」と言われることがあるそうだ。(23頁)
ラップじゃなきゃダメだとか、思わない。(24頁)
僕にとっては歌詞が一番大事だけど、自分がやっているのは音楽でもあるんだって。その音楽を聴いて気に入ってくれる人がいるってのは、歌詞がわからなくても、僕の曲で踊ってくれるなら、サイコーじゃないかって。(25頁)
ポルトガル語圏の人は歌詞が面白くて聴いている場合も多いだろうが、やはり曲の面白さは大きいと思う。「Quebra - Cebeca」の3曲目"CACHIMBO DA PAZ"はホール&オーツの"One On One"をサンプリングしているが、続けて4曲目を聴くと何かに似ているなあと感じた。プリンスに似ているのだ。プリンスに似ていることは重要である。ポピュラー音楽を捉える上で見逃せない音楽をプリンスが作ったからである。一言で言えば、ソウルでポップなのである。
bounce ISSUE 199/JUNE 1999, TOWER RECORDS, 1999/6
P40〜41, 高橋道彦(文/インタビュー), 「ガブリエル・オ・ペンサドール+マルセロ・D2」
青い色の箱に入った10枚組みのCDボックスで、PolyGramから出た初期の作品がセットになっています。箱は木箱模様になっており、棚などに置くのにとてもよい感じです。他のアーチストの物も違う色で流通しており、私は春頃に入手しました。単独でも入手可能な作品が多いですが、EMI盤でない『ミルトン』(『Milton (USA)』)と『ジャーニー・トゥ・ドーン』は初めて見ました。ミルトン・ナシメント初期作品を一度に入手できるのでお買い得だと思います。内容は以下の10作品で、ボーナストラックとなっている曲だけ書き出しました。このセットでしか聞けないトラックでもないですが、比較される方は参考になさってください。(1行目:タイトル, 推定発表年、2行目:収録盤の情報)(1999/9/24)
夏といえばボサノヴァなのですが、昨年は小野リサの「BOSSA CARIOCA」(1998/07/18,東芝EMI/TOCT-10344)が出たり、ジョアン・ジルベルトの作品が再発売されたりと、ボサノヴァ40周年だけあって凄かったのですが、今年はそれを上回る勢いはなさそうです。小野リサの今夏の作品「DREAM」(1999/06/23,東芝EMI/TOCT-24153)は感じよいジャズ・ボサで相変わらずよいのですが、ポピュラーとジャズと言えば、やはりウェス・モンゴメリーを改めて思い出さずにはいられません。ジャズファンは「Full House」(1962/06/25 rec.)や「The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery」(1960/01/26+28 rec.)を評価するようですが、ポピュラー曲の演奏としては以下の作品がよいです。
* カリフォルニア・ドリーミング(California Dreaming),1966/09/14-16 rec.
* ア・デイ・イン・ザ・ライフ(A Day in the Life),1967/06/06-26 rec.
* ダウン・ヒアー・オン・ザ・グラウンド(Down Here on the Ground),1967/12/20-1968/01/26 rec.
* ロード・ソング(Road Song),1968/05/07-09 rec.
米国のポピュラーにおける「ソウル」と「フォーク」
なかでも「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」と遺作(45歳で心臓発作で死去)となった「ロード・ソング」がよいと思います。ビートルズのカバーは沢山あるものの、オリジナルと違う良さ(本当の良さ)のある曲は希ですが、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」はとてもよい演奏です。ドン・セベスキー(Don Sebesky)の編曲・アレンジも確かによいのですが、これだけしみじみくる演奏ができるということは、やはりウェスのポピュラー音楽を演奏する資質が大きいと思います。そもそもジャズも広義ポピュラー音楽の一種でありますし、特に米国のポピュラーにおいては、私見ですが、ソウルとフォークが出来なければジャズにおいても味のある演奏は出来ないと思います。ソウル、ブルースなどのブラックは米国の音楽の原点でもあり分かり易い要素ですが、一方でフォークの要素を忘れてはならないと思います。フォークにはアメリカ合衆国の想い出というか、サウダーヂみたいなものがあって、忘れられない曲には欠かすことのできない要素です。他の名曲の具体例としてはキース・ジャレットの「マイ・バック・ページズ」(*1)が挙げられるでしょう。この曲の原曲はボブ・デュランで、見事にジャズとして演奏した作品です。
*1 Keith Jarrett Trio,Somewhere Before,1968/10/30-31 rec.,"My Back Pages"(5'17)
*2 Keith Jarrett Trio=Keith Jarrett(p),Charlie Haden(b),Paul Motian(ds)
この夏はウェス・モンゴメリーのポピュラー音楽演奏の諸作を聴いて、秋にはジョージ・ベンソン(George Benson)の「マスカレード」(I'm Afraid The Masquerade Is Over)あたりを聴くというのが今年はよいのではないでしょうか。(1999/8/1)
カバー曲ばかりのおもしろいアルバムで、マイケル・ジャクソンの「ビート・イット」などに先ず興味がひかれました。アルバムとしてはミルトン・ナシメントの代表作にはならないでしょうが、なぜこのような作品を作ったかについて邦盤で解説されており、ミルトン自身が若い頃よく聴いたポピュラー曲を改めて振り返る意図があるようです。
前作の「タンボール・ヂ・ミナス」は最後の力かも知れないと思わせる迫力があり、その前の「ナシメント」は当時のミルトンの状態のせいか、もう死んでしまうのではないだろうかと思えるような非常に印象深い作品でしたが、今回は聴き易く落ち着いた感じです。しかし、想い出の曲を振り返るということに悪い予感がしなくもありません。カバーとして他に印象的な曲として、「オ・プラネタ・ブル・ナ・エストラーダ・ド・ソル」(1991)の「ハロー・グッバイ」などがあります。MPBアーチストのビートルズのカバーにはよいものが多くて、カターノ・ヴェローゾの「ヘルプ・ミー」なんかも素晴らしい演奏です。これらは日本も含め腐る程ある、安易でカラオケ的なビートルズのカバーとは全く違うものです。(1999/8/1)
フリーペーパー「MBB」でも取り上げられた当作品ですが、非常に念入りに作られた映像作品です。南米諸国の映像感覚の良さも感じます。内容はミルトンと関係するアーティストとの共演で綴られており、どれも興味深いです。私などはCDで名前だけ知っていて顔を知らない人がたくさんいたので勉強にもなりました。カエターノ・ベローゾとのデュオ(A Terceira Margem do Rio)などある意味非常に興味深いのではないでしょうか。
全体に感じることは沢山のアーチストがミルトン・ナシメントの為にいろいろなよい音楽や演奏を提供しているのだなあということです。ミルトンはリーダーとしてそれ程強いプロデュース力を発揮しているようには思えないのですが、彼の周りには沢山のよい芸術家が集まってくるようで、そういった人を引き寄せる魅力に富んだ人物なのだと思います。
ミルトンの映像として公開されているものは少ないと思います。ライブ・アンダー・ザ・スカイ97の様子がテレビ放映映像されたこともありましたが、もう昔のことです。他のブラジル音楽関連のビデオにも登場しているのかも知れませんが、よく調べてません。(1999/8/1)
名盤と紹介され、愛聴盤としている音楽家も多いこの作品について、『ユリイカ 特集ボサノヴァ』(1998年6月号) の中原仁氏のディスクガイドで以下のように紹介されました。
プロデューサーのクリード・テイラーは5分以上に及ぶ「イパネマの娘」をシングルとして発売する際、なんと主役であるジョアンのヴォーカル部分をカットし、あたかもゲッツとアストラッドがメインであるように改ざんしてしまったが、それが結果的に大ヒットしグラミーまで受賞するという皮肉。むしろゲッツの腑抜けたサックス・ソロを全面カットしたエディット・ヴァージョンを作った方が、音楽的にはあるかに高品位なのだが、いわゆる"歴史的名盤にはえてしてキナ臭い話がつきものだ。
(233〜234頁)*1
『ヴィヴァ!ボサノーヴァ』(1998/9、ミュージック・マガジン刊)でも同様の批判見られますが、こちらはちょっと書き方に品がありません。
『ボサノヴァの歴史』におけるゲッツ批判
さて、このあたりの批判は『ボサノヴァの歴史』(絶版)*2 から始まると思われ、これを読んでみますと、ジルベルトとゲッツがレコーディング最中険悪だったことが書かれてあり*3、間に立ったジョビンも気を遣って苦労したようです*4。その他いろいろ調べた限りでは”スタン・ゲッツはサンバが判っていない”ということがジルベルトを怒らせた原因のようで、それゆえ作品は不完全な音楽になってしまった、ということだと私は理解してます。ゲッツが何を考えていたかは不明です。
ジルベルトの極めて頑固な一面も災いしたような気もしますが、ブラジル音楽の為にステージ上でのズボンの折り目に注意深く気を配るなど、米国においてブラジルが低く見られないようかなり神経を遣っていたジルベルトからすれば(『ボサノヴァの歴史』)ゲッツは少々許せない存在だったのでしょう。
中原氏にお伺いしたこと
ユリイカの記事について、プラッサ・ド・ブラジルの後、中原氏ご本人にお聞きしたことがあって、気分のよいイベントの後なのでそんなに真剣に議論した訳ではありませんが、「やっぱりあれは腑抜けた演奏でしょうか?」とお聞きしました。その時は笑っておられましたが、あまり感心できる演奏ではないと考えていらっしゃるようです(記事補足参照)。ただし、中原氏はやはり大変鋭い批評眼をお持ちなので、ゲッツの実力が分かっていない訳ではないようで、不本意な成立事情と音楽についての問題を投げかけた形になったのはその為かも知れません。
ゲッツの良い演奏
腑抜けた演奏かどうか、私自身は批判を読んだとき、「なるほど、そういうふうにも聴けるなあ」と思いました。『ゲッツ/ジルベルト』は繰り返し聞いたレコードですが、この作品には何か悶々と宿るある種のわだかまり(不完全さ、吹っ切れなさ)があり、中原氏の批評はこれを言い当てていると思います。スタン・ゲッツの他の作品を聴くようになれば気が付くと思いますが、ゲッツはもっと颯爽と吹きまくる方が似合っていて、ボサノバをやる以前や以後の方がかっこよいのです。ジャズ評論家の多くは『ゲッツ/ジルベルト』をゲッツの代表作にしていますが、中山康樹氏は『JAZZ名盤名勝負』*5において『キャプテン・マーベル』を(最もよい)”この一枚”に挙げてました*6。これはスタン・ゲッツ評の白眉だと思います。中原氏もバップの頃のスタン・ゲッツの方が好きだとおっしゃっていたので、スタン・ゲッツに対するこのあたりの見方は中山氏評をと一致していると思います。
ボサノヴァとジャズの融合について
ボサノヴァとジャズが合わさったレコードは沢山あり、フランク・シナトラなんかもアントニオ・カルロス・ジョビンの共演作品も残しています。シナトラ追悼特集なんかを読んでいると、これを代表作に挙げる人も多かったですが、私はシナトラの本領発揮とは思えません。そこで、中原さんにさらに質問させて戴いて、「ボサノバとジャズの融合みたいなレコードは沢山ありますが、あまり好いのがないと思います。この辺りについてはどう思われますか?」、とお聞きしたところ、「うーん、そうだね、やはり確かに(融合は)難しいようで、あまり成功していない」というようなことをおっしゃってました。(セリフは私の数ヶ月も前の記憶です。)
中原氏は数少ない成功例として丁度その頃同氏の解説付きで発売されたバド・シャンクの『バド・シャンク&ヒズ・ブラジリアン・フレンズ』を挙げられました(記事補足参照)。「テナーよりもアルトの方がボサノバに合うのでしょう」とのことで、確かにこれは成功例だと思います。『ゲッツ/ジルベルト』独特の感触は確かによいのですが、こちらの方が完成された好い作品です。”サンバがあるから”なんでしょうか。
注(参考文献)
*1 『ユリイカ 特集ボサノヴァ』,1998年6月号,青土社
*2 ルイ・カストロ著/国安真奈訳,『ボサノヴァの歴史』,1992/9/20,JICC出版局,A5判,477頁+41頁(2001/2/10音楽之友社より再刊)
*3 『ボサノヴァの歴史』370頁〜374頁参照
*4 エレーナ・ジョビン著/国安 真奈訳『アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男』,1998/10,青土社,判型4-6,460頁,3200円,ISBN4-7917-5667-3
*5 中山康樹著『JAZZ名盤名勝負』,1993,廣済堂出版,1300円
*6 『JAZZ名盤名勝負』65頁〜70頁
参考作品
スタン・ゲッツ/ジョアン・ジルベルト,『ゲッツ/ジルベルト』,1963/3/18-19(録音)
Stan Getz/Joao Gilberto,Getz/Gilberto,1963/3/18-19(録音)
バド・シャンク,『バド・シャンク&ヒズ・ブラジリアン・フレンズ』,1998/8/7,東芝EMI TOCP-50643,1820円
Bud Shank,Bud Shank & His Brazilian Friends,1965(録音)
スタン・ゲッツ,『キャプテン・マーベル』,1972/3/3(録音),
Stan Getz,Captain Marvel,1972/3/3(録音),
スタン・ゲッツ,『スイート・レイン』,1967/3/21-30(録音),
Stan Getz,Sweet Rain,1967/3/21-30(録音),
補足
『ボサノヴァの歴史』は絶版なので購入するのは難しいですが、都内の公立図書館に何冊もありますし、他の県市町村にもあると思われます。
*** 記事補足 ***
「ジャズマンとボサノヴァ人の共演作」のベスト
中原さん自身はポール・ウィンターとカルロス・リラの「ザ・サウンド・オブ・イパネマ」がベストと考えられているとのことです(1999/03/08/email)。ポール・ウィンターについて、ニューエイジとか、最近ではヒーリングミュージックとか呼び得る音楽をやっている人という思い込みがあって、ブラジル音楽との関連について注意してませんでしたが、この機会に「リオ」と併せて買って聞いてみると、とても自然な演奏でとても良かったです。北米のジャズと南米のラテンは内に秘めたリズムが異なると思うので、どちらかに妥協すればあたり障りのない作品に終わってしまう可能性があると思うのですが、この両者の場合は上手く合っているように思います。2枚とも邦盤で安く流通してますし、カルロス・リラ(Carlos Lira)も最近日本で復刻盤が出ているので、集めて聴いてみたいところです。
ポール・ウインター(Paul Winter),ザ・サウンド・オブ・イパネマ(The Sound of Ipanema),1965,
ポールウインター/Luiz Bonfa/R.Menescal/L.Eca,リオ(Rio),1965(1996/CD),
『ゲッツ/ジルベルト』評
3月にEメールで中原さんにお聞きしたところ、このアルバムは「決して駄作ではなく、長年世界中で愛されているだけの事はあ」り、「ジョアンや準主役のジョビンのパフォーマンスは聴きごたえ充分」で、「録音のクォリティや声と楽器のバランスなどハード面に関しては、それ以前のジョアンのブラジル録音盤を上回る」と評されました。また、このアルバムの好影響は軽視できないものの、ゲッツの演奏自体はやはりあの「音楽空間の中では「ハズシ」てる」という印象をお持ちだそうです。ユリイカの記事とこの評を合わせると、より一層このアルバムの性質が明らかになると思います。私自身はこのアルバムが出た当時の、いろんな意味での驚きを体験していないので、ゲッツの面白みが足りないなあと思ったところからこのアルバムを聞きなおし、ユリイカの中原氏評を読んで考えを整理しました。名作は聞きなおすと面白いものです。