ビールの友002
うちにはビールジョッキがある
1996.08.26
缶ビールは缶ビールから直接飲むべきであって、断じて喫茶店で出てくるような小さなコップで飲むべきではない。あの大きさでは泡が遊ぶ余地がない。わざわざ缶から違う器に入れる意味がない。
せめてあのコップの3倍は容積のある奴にしてもらいたい。
うちにはちゃんとビールジョッキがある。缶ビール派なので、普段は全然使っていない。夏場、たまーに「ジョッキで飲みたいな」というときがあって、その時だけ活躍する。
目でビールを楽しむことができるのは、ジョッキのえらいところである。よってジョッキといえばガラス製がよろしい。陶器製は好きではない。
うちにあるのもガラス製だ。このジョッキ、どーしたことか飲み屋の名前が入っている。なぜそんなものがうちにあるのか、わからない。断じてわからない。誤解のないように繰り返すが、ホントにわからない。
友達と飲んでうちに帰ってくると、なぜかカバンの中に入っていたりしたのだ。なぜそんなものが僕のカバンに入っていたのか、それは誰にもわからないのであったマル。わからないものを追求してもしょうがないので、ありがたく使わせていただいている。それに、人生には三つくらいナゾがあった方が楽しい。ふっ、ハードボイルドだぜ。
学生の頃、アパートで本かなんか読んでいると、友達から電話が入る。夜の9時過ぎである。近くで飲んでるから出てこいという誘いの電話だ。きらいじゃないのでほいほい出かけていく。
しかし、最初から誘い合わせて飲みに行くときならいいが、飲んでいる途中から誘われるという時はろくなことがない。みんなと合流してさんざん飲んで、さぁそろそろ夜も明けたし帰ろうというときになって、誰も金を持ってなかったりする。「お前近くなんだから」というわけの判らん理由で僕が学生証を置いて帰るはめになる。
翌日、銀行で金を下ろして払いにいき、学生証を取り戻す。この時は昼間だし、酔いも覚めているからすごく恥ずかしい。
第一まだ店も開いていない。
ガラ、とドアを開ける。店の人が床の掃除をしている。調理場では仕込みをやっているらしい。
「あ、まだ店やってないんすよ」この時は店員もまだ愛想がいい。
「え〜と、僕は客じゃありませんで……」と、切り出す。
事情を説明すると態度がとたんに変わる。
「ああ、ゆうべのね。困るんだよね〜、こういうことされるとさぁ。」しょうがねぇ奴光線がたっぷり入った視線を店中の店員から受ける、この時が一番いやだ。
少なくとも俺は自分の分を払うくらいの金はあったんだ! といいたいが、そんなことをいってもあわや無銭飲食なんだから立場が弱い。オメーは飲んでハメをはずさねーのかよーという言葉をぐっと飲み込み、「それでいくらでしょうか」
「えーっとねぇ、1万2千346円。」ぶっきらぼうにいわれてしまう。さらに、「いま小銭、あんまり入ってないんだよなー」とかおまけが付くこともある。ちょっきり払えよということである。くっそー感がいや増す一言である。ここでこちらも小さい持ち合わせがないなどというとお小言がきたりすることがあるので、ちゃんと用意がしてある。バーロー、だてに学生証置いてく訳じゃねーや(?)。
応対するのがバイト君だったりするといいのだが、初老のいかにも「職人気質」って感じの板さんだったりすると、この後延々と「最近の学生は」をやられる。こちらはへーへーと承る以外にない。
屈辱感にまみれながらようやく学生証を取り戻すことができる。

そんなことがあったりした後、ほとぼりが冷めた頃にくだんの飲み屋に行ったりすると、帰りになぜかカバンの中にジョッキが入っていたりするのである。実に不思議である。灰皿もついでに不思議していることもある。
そんな怪談じみたいきさつで僕のうちにはジョッキがある。
ああ、うまい! やっぱりビールはジョッキですね。